次なる拠点ミャンマーへ

フィリピンの生活も2年が経とうとしたころ、これから先の滞在もまだ長くなりそうだったので車の購入することにしました。

そして車の引き渡しがあった翌日になんと転勤の打診がありました。思わず上司に「昨日車到着したばかりなんです!!」というと「転勤するときって結構家とか車を買った直後だったりするよね!!」と軽く流されてしまいました(笑)マニラに赴任してすぐミャンマーへは出張ベースで頻繁に通っていたけれど、まさか自分が転勤するとは。しかも「ミャンマーの責任者やってもらうから」って…「はっ、私が経営者?」「エンジニアじゃないのにやれないでしょ?」と頭の中でグルグル自問自答しつつ思わず「何やったらいいんですか」と聞くと「全部」との回答。「ぜ、ぜんぶですか・・・」業務範囲を告げられたのはこれが最初で最後。この上司、閃きの天才ですがこの時ばかりはクレイジーだと思いました(笑)。

建設業界の女子率は低いですが、海外ではなおさらいません。心を割って話せる同性も皆無な世界。海千山千のゼネコンのおじさん達と喧々諤々できるのか。しかも新拠点の立ち上げ、家族もまた一から新しい環境に慣れなきゃいけないし。ハードル高すぎ・・・しかし内容が云々というより「ハードルが高い」と燃えてしまう傾向にあるの私です。そんな性格を実は上司は見抜いていたのでしょう。

それにしても、これまで経営者の傍らで仕事をしたことがあっても経営者になるのはもちろんはじめて。
苦手な数字ともつき合わなくては行けないし、社員が働きやすい環境をつくることも、もちろん営業もしていかなければ行けません。立ち上げなので文字通り全部やらなきゃい。でも、やるしかない、やる!やりたい仕事とやらなければいけない仕事があるとしたらこれはやらなければいけない仕事だと思いました。

それにしても客観的に見ると面白すぎる私の人生。だけど当事者は大変でやらなきゃ行けないことが五万とある。

空家になっている日本の家はどうするのか?
子供の学校?夫の仕事?
またもや慣れた環境を離れなくてはいけないの?
それに昨日来たばっかりの車〜?!!

いろいろ考えたけどもうフィリピン行きを決めた時点でこの流れに乗っているのだから行くところまでいくしかないとどこかで覚悟していたのでした。夫にこの話をすると、たいした驚く訳でもなく、そんな気もしていたと言ってすぐに転勤に向けて心の準備をはじめました。結婚して10年の間に既に引越が10回。ある意味お互い手慣れたものです。そしてミャンマーへの出発の日は「よっしゃ、やったるで〜!!」という意気込みもなく「はい、やります」という感じでスタート。出来ないことがいっぱいあるから気負ってもしょうがない悟りの境地でミャンマーに向けて出発したのでした。